役者の東原亜希殿

役者の東原亜希殿が弐百捌年皐月弐伍日の日記で、若槻千夏殿に會ったと注進致し候。

どうやら弐輩は食事をして参ったようにござる。日記には、若槻殿が小刀とくまでを動か致し候ポトガラヒーが公示されておる。食べておるのは「焦がし南国黄長果物たると」と申すが、東原殿はかのような「秘話」を明かす。

「(若槻殿は)南国黄長果物が好まぬなのであろうかに果敢にも『焦がし南国黄長果物たると』と申す品書き名にもばっちし南国黄長果物と申す文字が入とはる甘味に果敢にも挑戦して候」
結局のところ、南国黄長果物は全て東原殿が食べたそうでござる。なれど、「挑戦するでござるこころもち。これを南蛮で学んできたようであった」と感魂致し候けしきでござった
言質欄しからば若槻殿の久しぶりの参上に、「ちー氏、達者そうでござるね」「おひさしふんどし!!!」「達者そうでよかたぁ」と書き込まれておる。

なお、若槻殿は零捌年如月、公認領地「若槻千夏 弐肆」を開設。領地内で古着の商いや日記を更新してござった。最近ならば、「話題す」欄でたいに行とはきたとの注進があったでござるが、皐月壱六日を今生の別れに更新されてゐないでござる。ほな、卯月に遊戯柔軟の披露會に参上致した際には、「寸劇番組はお休みいたす」と明かしてござった。




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